大宇宙で会いましょう

俺がいない時にこの日記を読まないでくれ Kurt Cobain
ユータの日記はいつでもご自由にどうぞ Yuta

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2012.02.21 Tuesday

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2012.02.03 Friday

太陽は笑うだろう

久しぶりの更新です。
ヤスくん、お待たせしました。

書きたいこといろいろあるんだけど、とりあえず今日のことと絡めて。

年明けに後輩と会って、
そいつの家の近くのコンビニのオーナー夫婦?だったおばあちゃんが亡くなったと聞いた。
僕自身は年に数えるていどしか行かないお店。

後輩と遊ぶときの迎えがてらとか
毎年恒例のキャンプに行く前に寄ったりしたときに
廃棄寸前のポテトとかくれたりして、
僕たちにとてもよくしてくれたおばあちゃんだった。

たまにしか行かない自分の顔を覚えてくれて
夏になると「これからキャンプ?」だとか、笑いながら話しかけてくれた。
とにかく、いつもにこにこしててかわいい人。

僕はおばあちゃんの名前を知らない。
おばあちゃんも僕の名前は知らない。
けれど、訃報を知ってすごく悲しい気持ちになった。

他人との繋がりが薄れていっている時代の良心と言える人だったと思う。
おばあちゃんの人柄の良さは、きっとたくさんの人を幸せにしただろう。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。
おばあちゃん、天国でもにこにこしててください。


2011.08.30 Tuesday

夏統括

スッキリ見てる。
アンソニーもうアラフィフなのかい。
AL買おうかな。


明日で8月が終わる。
まだ残暑は続いてるし、遅生まれのセミは命がけで鳴いている。
けれど、夏は終わる。
今年も変わらず、でも、今年は特別。

今年も演劇部の仲間たちとキャンプしてきました。
もはや年間を通した不動のビッグイベントだね。

毎年、ただ賑やかに、ただ楽しく過ごそう!って感じだったけど、
先の地震があったからか、今年は
「会話を大切にしよう」ってのが俺の中であったんだよね。

なんだかんだで20人弱もいたから、ひとりひとりと密に話すのは無理だったけど
何人かと気張らず世間話の延長で普通に会話した。良かった。
即興で企画した大喜利も楽しかったし、みんな余裕が出来たなぁって感じたわ。
みんな歳とったなぁってことなんだけど。

まぁいいじゃない。
行動に余裕が持てるって素敵すぎるよ。


何かこう、お祭り男的ポジションとしては口が裂けても言いたくなかったんだけど、
何か。。夏があまり好きじゃなくなってきたな。。。

や、ちがうちがう。好き。大好き。
だけど、もう僕たちは季節に頼らなくても人生を楽しんでいける。
もう夏だから、冬だから、じゃないんだよ。

みんなで過ごせる時間を楽しもう。常に。これからも。



余談あったんだけど、今度書く。風呂入りてぇ。


2011.08.09 Tuesday

夏真っ最中

久しぶりの更新です。

毎日暑いですね。毎日汗だくで仕事してます。
本当に「汗をかく」って現象が素で嫌いになる。
だから、車でクーラーつけてると、彼女に「寒くない!?とめよう?」とか言われちゃって

寒いくらいじゃないとダメなんだよ俺の体は!!!

って感じなんだけど、これは悪循環なのかも。
自然の汗を抑制してるから、暑い現場行くと過剰に汗が出て。
って、知らんがな。
あぁ、製造業なんていつかやめてやるわ。


夏にパァッと使おうと考えてたボーナスが、何だかいつのまにない。
会社の後輩によく飲みに誘われるんだけど、何だか最近金出しちゃうんだな。
上手く出さされてるような気もすんだけど。
次の日財布見るとびっくりするぐらいなくなってるね。


昔から1こ上の先輩によくご馳走してもらうんだけど、
気分が良くなるんだと思う。酒で。後輩を養う的な意味で。楽しくて。
うん。あの人楽しくないと渋るもんな。

まぁまた稼げば良いですよ。
ギャンブルにつぎ込んでた時期に比べりゃなんぼか正しい金の使い方だと思う。


そして、明日は念願の・・一人前3000相当の特上牛タン食べにいく!
おめでとー、禁煙3カ月(継続中)!
よっしゃー、10000円分ぐらい食ったる!


2011.06.03 Friday

余裕

音楽を楽しむ余裕。
買い物を楽しむ余裕。
友達と会う余裕。
考えられる余裕。
ご飯を食べる余裕。

こうして夕焼けを眺める余裕。

余裕って要素は大事。
何に対しても怒りが突出した3〜4月は、思い返すとひどすぎるな。
しょうがない。で済ましたいけど、しょうがなくないところもあったと思う。

優しくありたい。
家族と友達。人に。


2011.05.20 Friday

休煙

ゴールデンウィーク明けからタバコやめるって宣言したのね。
まわりの人間が誰ひとりとして信用してなかったよね。
はいはい。また口だけでしょう?ってのもなかったんだから。
まるで、雑踏に、空間の彼方に、誰の耳にも残らず消えてしまった雑音のように。雑ON!

連休明けから約2週間。
僕は煙草を一本も吸っていません。

どうだ。
どうだこのやろう。
たかが14日間だけど、煙草吸い始めてから最長ですよ。

気持ちが本気ならやれるもんだよね。
実際、なぜ煙草を吸うんですか?と聞かれたら「かっこつけてるだけです」としか答えられないんだよ俺は。
その逆の発想で、禁煙してる俺かっけぇと思いこんでやってる。
吸いたくなる瞬間ってのはあるけど、思ったよりイライラとかはしない。

まぁ禁煙というよりは、習慣としての喫煙をやめたいわけです。
とりあえず3か月。
会社の先輩とブランド牛賭けることになったんで、やったりますよ。

あぁそうそう。
飯がうまいと感じるって言うけど、吸ってても吸ってなくても飯はうまいよ。
ただ、煙草を吸って持たせていた「間」がなくなるから思わず間食しちゃうってのはある。
煙草やめて太るとか禁煙失敗するより敗北感でかいんで、そっちも気を付ける。

まぁ何かあったら、最後は全部地震のせいにするよ。


2011.04.22 Friday

風評人災

まぁいろいろ前置きを書いてから、と思ってたんだけど面倒だからやめる。
単刀直入に言おう。
福島県民に対する原発風評からの差別をやめてもらいたい。

大人に対してははいいよ。いや、よくないね。大人にもよくないよ。
そして、子供に対してははどうだろう。
子供にそれは酷だろう。
お前放射能くせえな寄るななんて言われたらどうだろう。(イメージね)
そりゃ、10年たてば「なんてことがあったよなあ」って笑える歳になる。
けれど、それまでの何年か、あぁ僕は私は放射能で汚れてしまったんだ。って思いかねないんだぜ。
それぐらい幼少期ってのは純粋で素直で脆いんだよ。

じゃどうするか。
いろいろ考えてみたけど、やっぱり第一に親の教えってのが大切になると思う。
そして、学校の先生。
それ以外にも、子供たちをとりまく大人たちの言葉ひとつひとつがどれだけ影響が大きいかってことを我々は考え直すべきだ。
いかにもな感じで報道してるけど、マスコミにだって責任があるんだぞ忘れんなよ。

少し話は逸れてしまうんだけど、うちの妹は障害者で、そりゃもう俺もまわりの友達にからかわれたよ。
それが原因で数えきれないくらい喧嘩したし、泣いたし、なんで僕だけがとか思ったよ。
でもそこで、それは恥ずかしいことじゃないって教えてくれたのは親だったし、担任の先生だった。
今思い出せば、当時の担任のお子さんも障害があったんだよね。
だから、人一倍気持ちを理解してくれたんだと思う。

で、大人たちが正しいことと間違ったことをしっかり教えれば、子供は学ぶんだって。
人に優しくなれるんだって。
もちろんこれは簡単なことじゃないよ。
いくら素直だ純粋だつっても、基本的に子供はひねてるからね。
でもその姿勢をどれだけきちんと伝えられるかは大人の手にかかってるんだ。

でも、まぁさ。ちゃんと教えてる人たちもいっぱいいると思うんだ。
だけど、子供って残酷って言うじゃん。
やっぱりからかっちゃうんだよね。一人がやると連鎖的に。どうしようもないんだよね。
正直なこと言っちゃうと、そういう子供にはいいかげんにしろよバカって殴ってやってもいいんだよ。
それが痛みの等価交換だよ。心のがよっぽど痛いし引きずるんだから。
けど、そうもいかないよね。
だから大人がしっかりしましょう。

俺たち福島県民は汚れてないよ。
もう似たようなニュースが流れないことを切に祈ります。


2011.04.13 Wednesday

危機感

11日、夕方から仕事行ったら6弱くらったー!
少しばかり高所にいて、いきなり揺れたもんだから振り落とされるかと思ったよ。
さすがに死ぬかと思った。

「死ぬかと思った」

これ全くの嘘ですね。
死ぬか?いーや、死にはしないだろうな。
ってのが正直な気持ちです。
先月の本震のときも実はそう思ってた。

自分が死ぬかも大けがするかもっていう危機感が極端にない。
楽観すぎるっていうか、これが本当の平和ボケなんだろう。
たくさんの人たちの日常が壊された現状を見てなお、自分の最低ラインは守れるだろうって考えてる。

だから?
だから、なんなんだろう・・
幽遊白書思い出してる。
「自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」っていう台詞すごい好きだよ。


2011.04.11 Monday

今日、今、自分、その他、愚痴、いろいろ

まぁこうして日記書く時間が空いた今、あの地震から約1か月。
まだまだ時間が動いてる感覚がないね。あ、そんなことないかな。少し出てきたかな。

栃木から東京に少し行って、そしてついこないだいわきに戻ってきた。
おとといから水も出た。
まだまだ不便なことはあるけど、何とかやれる。俺もみんなも。

海沿いの町を見てきた。
テレビで見るよりひどい。
音楽だって生のライヴのほうが断然良いだろ?
ちょっと違うけど、分かりやすく言うとそんな感じ。

スリッパ、雑誌、スポンジ、傘、椅子、本・・・
日用品がむちゃくちゃに散乱していて、まさしく日常がぶっ壊された跡なんだなって感じることができる。

1か月、いろんなことを、同じことを、くりかえしくりかえし何回も考えてきた。
東京に行ってすごく感じたことは、結局他人事なんだっていうこと。

周知のとおり、福島県は原発事故による風評被害の真っただ中におかれている。
それによってか、避難したいわきナンバーの車が一晩たってボコボコにされた、避難拒否をされた。
っていうような話を聞いた。
都内の電車で「福島県の人は名札付けててほしいよねーw」って言ってたバカもいたそうだ。

僕たちはこんな被害に遭ってるんです同情してください優しくしてくださいなんて誰も思ってない。
けれど、こういう大災害が同じ国で起きて、感じることはやることはそういうことなのか。
常識を。良識を疑うことが多すぎるって思った。
申し訳ないけど、そういうバカたちは今すぐ死んでくれないか。
代わりに亡くなってしまった人たちを返してくれないか。そう思わずにはいられない。

自分たちの活動が少しでも被災地にパワーを送れますように、つって芝居やってる地元の知り合いもいるけど、
そういうきれいごといらないだろ。
自分の将来のためでいいじゃんか。なんでとってつけたようにそういうこと言えるんだろな。
そんで、次の週には花見行ってきただの、恋が、だのって話すからね。
言ってろバカ。

こんなこと言うべきじゃないかなって思ったけど、言ったった。

羨ましいんだ。
しょうがないよな。今いる土地でできる暮らしはして良いと思うもん。
こんなの、もう誰も体験してほしくない。


2011.03.25 Friday

3月16日 逃げる

すやすやと寝ていた。受け入れちゃえば眠るのも簡単だ。

1階からけたたましい足音を立てて母が部屋に入ってきた。

直接来るときは何にしろ本気。我が家の鉄則。

茶の間に行くと叔父夫婦と母方の祖母が来ていた。

こっちの一家が一緒に動くときは何にしろ本気。一族の鉄則。

避難することを前提に話し合いがされてた。

北に行ってもどうしようもないと思ったし、僕は南下を推した。

同時に説得を試みたけど、ここにきても親父は動こうとしなかった。

これが有事だぜ親父。つっても決心を変えなかった。もうどうしようもない。

親父はもちろんだったけど、僕が気がかりなのは父方の祖母の方だった。

こちらの祖母が何とも環境の変化に体調が対応できない人なので
「迷惑かけるから」の一点張りで家に残ると言った。

もうしょうがない。放射線被害は今すぐどうにかなるわけじゃない。
動揺してる心を落ち着けた。

母の知り合いが那須で宿をとってくれることになり、出発することになった。

ばあさんに一言かけていこうと思って母屋に向かった。

「いざとなったら親父と一緒にいるんだからね」

それだけだったんだけど、どうしようもなく泣けてきて上手く言えなかった。

自分の行為がばあさんを置いて逃げるとしか思えなくて悲しくなった。

ばあさんに「あんたがしっかりしてなきゃ駄目だ」って怒られて涙をふいた。

その通りなんだ。ばあさんは強い。

わかった、大丈夫。そう言ってばあさんの肩を抱いて実家をあとにした。

常磐道は封鎖されているって情報が流れてたんだけど実際は開いていた。

避難だと伝えれば無料で走れるらしい。本当に行政なんて信用ならない。

乗ったと同時に、原発方面へ向かう反対車線を特殊な白装束の部隊が走っていった。

なけなしのガソリンを懸けて磐越を経由して東北道に乗り換え、那須方面へと走った。

途中、那須高原SAのスタンドで1000円分だけ給油でき、那須に夕方前に着いた。

通常より少しだけ品薄だったけど、コンビニが営業していたのでジャンプだけ読んだ。

同じ国にいるとは思えない違いで感覚がおかしくなりそうだった。

宿に着いて真っ先に温泉に入った。

こんなに幸せな風呂はなかったし、こんなに複雑な気持ちで入った風呂もなかったと思う。

いわきに残してる親父たちのことを考えた。

気持ちも身体も疲れてしまって、
よく眠れそうだなって思ったけど結局朝方まで起きた。


2011.03.23 Wednesday

3月15日 俺逃げる〜準備篇〜

昼前、友達からの電話で起こされた。

「やっぱり今から避難するわ。一緒に行くか?」

寝起きから頭が痛くなった。

『俺ひとりだけ行くわけにもいかんから、うちはうちの方針に従うわ』

テレビをつける。今度は4号機に何かあったようだ。

第一原発から半径20キロ地点まで避難勧告が出る。家は大体40〜50キロ。

そうか。いよいよなのかもしれない。善は急げ。

政府の発表だけ聞いていると、いわきの一部を除けばまだ安全圏。

けれど、夜が明けるたびに悪くなる展開に市民の恐怖心は募るばかりだった。

つって言ってもなぁ。ガソリンがないからどうにもできない。

だから、寝た。もうどうにでもなれ。

14時ごろに、仕事から帰ってきた母親に叩き起こされた。

普段、僕は両親とあまり話さない。っていうことはそういうことか。で飛び起きる。

「避難するから準備しな」

山が動いた。ナイフランプ鞄に詰め込まなきゃ。そうだろ?パズー

って、家でバタバタ走るよバタ子さんしてても肝心の親父が仕事で掴まらない。

ので、寝て待った。どんだけ寝るねん。

結局今日出て行くのは保留になった。親父が残るって言い出したからだ。

親父はあくまでも受動的で現状維持。最終勧告が出ないかぎり動かないらしい。

やっぱり遺伝だな。僕もどっちかって言うとそう。

友達は無事に猪苗代の貸し別荘まで避難したそうだ。

春が近い。

ローンが残ってるコートを持っていこうかどうか考えて、また寝た。

どんだけ寝るねん。

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