大宇宙で会いましょう

俺がいない時にこの日記を読まないでくれ Kurt Cobain
ユータの日記はいつでもご自由にどうぞ Yuta

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2012.02.21 Tuesday

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2011.03.25 Friday

3月16日 逃げる

すやすやと寝ていた。受け入れちゃえば眠るのも簡単だ。

1階からけたたましい足音を立てて母が部屋に入ってきた。

直接来るときは何にしろ本気。我が家の鉄則。

茶の間に行くと叔父夫婦と母方の祖母が来ていた。

こっちの一家が一緒に動くときは何にしろ本気。一族の鉄則。

避難することを前提に話し合いがされてた。

北に行ってもどうしようもないと思ったし、僕は南下を推した。

同時に説得を試みたけど、ここにきても親父は動こうとしなかった。

これが有事だぜ親父。つっても決心を変えなかった。もうどうしようもない。

親父はもちろんだったけど、僕が気がかりなのは父方の祖母の方だった。

こちらの祖母が何とも環境の変化に体調が対応できない人なので
「迷惑かけるから」の一点張りで家に残ると言った。

もうしょうがない。放射線被害は今すぐどうにかなるわけじゃない。
動揺してる心を落ち着けた。

母の知り合いが那須で宿をとってくれることになり、出発することになった。

ばあさんに一言かけていこうと思って母屋に向かった。

「いざとなったら親父と一緒にいるんだからね」

それだけだったんだけど、どうしようもなく泣けてきて上手く言えなかった。

自分の行為がばあさんを置いて逃げるとしか思えなくて悲しくなった。

ばあさんに「あんたがしっかりしてなきゃ駄目だ」って怒られて涙をふいた。

その通りなんだ。ばあさんは強い。

わかった、大丈夫。そう言ってばあさんの肩を抱いて実家をあとにした。

常磐道は封鎖されているって情報が流れてたんだけど実際は開いていた。

避難だと伝えれば無料で走れるらしい。本当に行政なんて信用ならない。

乗ったと同時に、原発方面へ向かう反対車線を特殊な白装束の部隊が走っていった。

なけなしのガソリンを懸けて磐越を経由して東北道に乗り換え、那須方面へと走った。

途中、那須高原SAのスタンドで1000円分だけ給油でき、那須に夕方前に着いた。

通常より少しだけ品薄だったけど、コンビニが営業していたのでジャンプだけ読んだ。

同じ国にいるとは思えない違いで感覚がおかしくなりそうだった。

宿に着いて真っ先に温泉に入った。

こんなに幸せな風呂はなかったし、こんなに複雑な気持ちで入った風呂もなかったと思う。

いわきに残してる親父たちのことを考えた。

気持ちも身体も疲れてしまって、
よく眠れそうだなって思ったけど結局朝方まで起きた。


2011.03.23 Wednesday

3月15日 俺逃げる〜準備篇〜

昼前、友達からの電話で起こされた。

「やっぱり今から避難するわ。一緒に行くか?」

寝起きから頭が痛くなった。

『俺ひとりだけ行くわけにもいかんから、うちはうちの方針に従うわ』

テレビをつける。今度は4号機に何かあったようだ。

第一原発から半径20キロ地点まで避難勧告が出る。家は大体40〜50キロ。

そうか。いよいよなのかもしれない。善は急げ。

政府の発表だけ聞いていると、いわきの一部を除けばまだ安全圏。

けれど、夜が明けるたびに悪くなる展開に市民の恐怖心は募るばかりだった。

つって言ってもなぁ。ガソリンがないからどうにもできない。

だから、寝た。もうどうにでもなれ。

14時ごろに、仕事から帰ってきた母親に叩き起こされた。

普段、僕は両親とあまり話さない。っていうことはそういうことか。で飛び起きる。

「避難するから準備しな」

山が動いた。ナイフランプ鞄に詰め込まなきゃ。そうだろ?パズー

って、家でバタバタ走るよバタ子さんしてても肝心の親父が仕事で掴まらない。

ので、寝て待った。どんだけ寝るねん。

結局今日出て行くのは保留になった。親父が残るって言い出したからだ。

親父はあくまでも受動的で現状維持。最終勧告が出ないかぎり動かないらしい。

やっぱり遺伝だな。僕もどっちかって言うとそう。

友達は無事に猪苗代の貸し別荘まで避難したそうだ。

春が近い。

ローンが残ってるコートを持っていこうかどうか考えて、また寝た。

どんだけ寝るねん。

2011.03.23 Wednesday

3月14日 3号機爆ぜる

昼間早めに家を出て、水汲みがてらモンハンでもやろうかなーとか考えてたのに
起きたの12時過ぎでアジャパー。
出かける用意するかーと、テレビ見ながらダラダラしてたら

原発の3号機が爆発した。

鈍感通してきた自分も、さすがにやばくね?と思える映像だった。
いや、本当に水蒸気爆発とかのレベルなのか本当に?
気が遠くなるってこのことで、何だか一気に意識が薄くなった。
どうなるんだろう・・どうなるんだろう・・どうなるんだろう。
眠くなったから寝た。リアル現実逃避。

そして、友達からの電話で起きる。
「いつ来るんだよ?」
『すまん。3号機爆発したから俺も空気分解したさ。今行く』

この日は頭どころか体も洗わせてもらった。
服を脱いだ瞬間、人1人くらいは不幸にできる。そんな臭いがした。
体の隅々までそんなところまであんなところまで洗った。
次いつ洗えるかなんて分からないからね。

そして、西日を浴びながらお茶を飲んでモンハンやった。
たまに地面が揺れた。
11日から数えきれないほどの余震があるけれど、5秒以上の揺れはもう誰も気にしてない気がする。
そういう気がする。僕たちは鈍感だから。

暗くなってきたので帰ることにした。
友達のお袋さんが明日もおいでって言ってくれた。
ありがたい。のですが、ガ、ガソリンが続けばの話なんすけどね。

夜中友達からメールがくる。
「一家で千葉に避難する話出てるよ。めんどくせぇ」
『(えぇぇぇ!?明日も来なって言ったじゃんおばちゃん!)原発の話か?』
「そう」
『うーん・・家庭の決定はしょうがないよな』
「ま、なんだかんだ行かないと思うよ」

こんな事態だからか、気心が知れてるやつが近くからいなくなるのは正直心細かった。
水が出る気配もなく、何より3号機が爆発した画が目に焼き付いて不安になった。
明日はどうなるんだろう。先行きが全く読めない。けど、眠る。

2011.03.22 Tuesday

3月13日 いわき西日る


地震が起きてから、眠気はくるけどあまり安眠できない。
寝ては起きて寝ては起きて。浅ーい睡眠を繰り返してる。
朝方、会社の方からとうぶん自宅待機っていう連絡がきた。

あぁー、こんなダラダラした暮らしは学生のとき以来だなぁ。
時間はできた。積んでた本を読もうか。積んでたDVDでも観ようか。
とか、いろいろ考えたけど結局何もする気にはなれない。
感傷的になったわけじゃない。
けれど、今回の地震が俺の中の何かをごっそり持っていくぐらいの衝撃があったのは間違いないだろう。

っていう厨二みたいなことを考えてたら友達からメールが届く。

「水足りてるか?」
『足りてないな。昨日野グソしたからな』
「地下水汲み上げてるから取りくるか?飲めないけど生活には使えるぜ」
『行くわ』

部屋にいてもモヤモヤするだけだったから、
ガソリンは残り少なかったんだけど外に出ることにした。
出て驚いた。店という店が開いてない。道路がそこかしこ割れてる。

そ し て 、

ガソリンスタンドに並んでる車の列が半端ない。
開いてたら寄ろうなんて考えてたけど、そんなレベルの話じゃなかった。

友達の家でお湯を沸かしてもらって頭を洗わせてもらった。
生き返ったー!とか言いながら陽当たりの良い部屋でお茶飲んだ。

「平和だよな」
『あぁ』
「地震あったなんて信じられねーよな」
『あぁ』

この西日に照らされているこの世界にこんな悲劇があったなんて。
僕たちは豊かで鈍感だ。日常なんていつ崩れてしまうのか分からないのに。

帰りぎわに原発がやばいんじゃないかって話になった。
そーだったの?僕は頭を洗ったせいか鈍感だ。
明日も汲みに来るって伝えて帰った。陽が沈み始めてて肌寒くなっていた。

夜中になって、ネットがだいぶ繋がりやすくなってた。
頭を洗えたおかげで2日ぶりに清々しい気持ちで眠りについた。

2011.03.20 Sunday

3月12日 いわきどうなる


昼ごろ起きて、あいもかわらずテレビばかり見た。
やはり宮城と岩手の被害が甚大らしくていわきの映像があまりない。
前日の地震のせいで部屋の中は散乱してたけど、寝る場所だけ確保して、掃除はしなかった。
気力がなかった。
ってのはうそで、断水してるから汗かくの嫌だしなーって思ってた。
海沿いの友達が心配だったけど、確認しようにも電話は使えないしネット回線も不安定になってて
メールはおろか、ツイッターもmixiも確認しようがなかった。
不安なのか何なのか、起きて寝て起きて寝てを繰り返した。
テレビは通常放送に戻る気配がなく、ひたすらモンハンだけやった。
風呂入りたいなーとか考えてたらウトウトしてきたので21時には寝た。

2011.03.19 Saturday

3月11日 いわき揺れる


【初日なので思い出せるかぎり細かく書く】



4勤2直の最終日だった。
15時から仕事で、いつもと何ら変わることなく出社した。
コンビニでパンと煙草だけを買って行った。

職場の喫煙所で前直の同僚と笑いながら話をしていたら、それはきた。
いきなり大きく揺れた。
一瞬、最初だけか?と感じたんだけど一気に激しくなった。
目の前にある排煙機が左右に揺れ、その場にいた4人で必死に押さえた。
15秒くらい揺れたのか。よく覚えてない。とにかく長く感じた。
やっと揺れが収まったとき足がガクガク震えていて、間違いなく生きてきて一番恐かった数秒間だったと実感する。
みんなで「こぇぇーww!」なんて笑ったけど、相当顔が引きつってたと思う。

外に出ると、敷地内のアスファルトが割れていた。女性社員の何人かは泣いていた。
すぐに点呼が始まり、社内で怪我人が1人も出ていないことを確認。
何人かは携帯をいじっていたが、電話は繋がらないようだった。
その間、大きい余震が何回も続いた。寒いし恐いし鼻水は出るしで最悪だった。

この時考えていたのは家にいる祖母と妹のこと。
祖母は高齢で、妹は足に障害があるため、2人とも素早い動きはできないはずで、
2人が外に出れたとは思えなかったし、情報が分からないから心配でしょうがなかった。

30分ほど経って、何人かが防寒着と携帯を社内に取りに行ったので自分も一緒に行く。
こっちからの発信は一切出来なかったが、東京にいる同郷の友人から電話がかかってきて通話が出来た。
東京もそれなりに揺れたようで規模の大きさを知る。
とりあえず、お互いの無事が確認できたので切る。
彼女から「大丈夫!?」とメールがきて、「大丈夫!そっちは?」と返したけど、
彼女のこと正直すっかり忘れてて、ごめんねって感じだった。

消防車と救急車のサイレンが少し離れたところから聞こえた。
1時間半ほど経って、家を心配する社員が何人か帰宅を始め、
上がその日の就業は無理と判断し次の日も自宅待機となり、一斉帰宅が始まる。
近辺の企業も同じタイミングで帰り始めたため、道路が渋滞。
緩和してから帰ろうと思い、何人かの同僚と会社に留まった。
相変わらず家に電話は繋がらなかったが、ネットの接続は出来たのでツイッターで無事だとPOST。
同時に心配してくれた友人・後輩から電話やメールが続々と届く。
会社の固定電話からなら通話が出来ると聞き、実家と母方の祖母に電話をかけた。
すぐには繋がらなかったが、何回か試してようやく繋がり無事を確認した。
安心したせいでどっと疲れが出たけど、まだ気分が高揚していて落ち着かなかった。
気を紛らわすために現場を見に行ったら、あまりの壊滅状態っぷりに笑えないけど笑った。
こりゃ当分は復旧作業だなぁ。なんて、そのときは思っていた。

19時を過ぎたころ、やっと周辺の道路が落ち着き始めて会社を出る。
6号バイパスが封鎖されていたので、迂回路を行った。
水道管が破裂したせいか、道路は水浸しだった。
信号もいくつか止まっていて、いつもの倍以上かかって家に着く。
母も仕事から帰ってきていて、親父も連絡がついたらしい。
帰宅中にラジオで市内の状況は聞いていたのだけど、帰って宮城の津波映像を見て絶句した。
このとき、事の大きさを初めて実感した。

断水が始まっていたが、予測して水を買って帰ったので余裕こいて飯を食った。
その日は帰ってからも落ち着かなくて、報道を見ながらぼーっとしていた。
夜明け前に眠った。
今思うと、この時はまだ何も気づいてなかったんだよね。
数日したら日常が戻るって楽観してた。

2011.03.19 Saturday

なう


落ち着いたら日記を書こうと思っていたんだけど、
いっこうにその気配はなく、1日中テレビや携帯と向き合っているのにも飽きた。
だから、少しずつではあるんだけど、記録は残しておこうと思って・・

こうしてやっぱりどうして、携帯に向き合って日記を書く。

情報弱者だったりする面もあるけど、それもまたリアルなので、
ありのままを悲観すぎずにジョークも交えて書く。
あとで自分で読み返して笑える日がくることを祈って。

って言ってるそばから、やっぱりシリアス。

2011.02.16 Wednesday

モンハン記念日

モンスターハンターデビューしようと、
PSP(新古品)とソフトを、満を持して用意!よし、いこう!狩りの世界へ!
と、PSPの電源を入れたら画面に出てきたのは、ハングル。

「え?」

なるほどね〜。
えーっと、辞書辞書・・

いやいやいや、違う違う違う。言語設定・・言語設定・・
って、ハングルすぎてどこが設定アイコンなのか分からないッ!

つーか、ブートだ!
これはブートなんだなッッ!?
ちくしょー!これが新米ハンターに対する試練なんだな!

まぁ何が幸いだったかって、知り合いが働いているお店で買ったってことだよ。
なんとか返金は可能らしいです。ありがたやあぶなかったや。

今PSP品薄だからね。
こういうの全国各地で起こってるんではなかろうか。

それにしても残念だなー。
せっかく、美品のモンハンパックだったのに。
いつになったらハンターになれるのかなあー!
上手に焼きたいなあー!!


2011.02.14 Monday

ブラッディーマンデー、ブラッディーバレンタイン

ツイッターのTLがバレンタインだぁ義理チョコだぁと騒がしかったなぁ。
そうそう、今日はバレンタインなんだね。
冷静に考えてどうだい?
バレンタインが楽しみなのって学生ぐらいじゃねえのかい?

そりゃ、昔はね。
俺だって、名も知らぬ下級生の女の子からいきなり渡されるんじゃねえかって妄想したよ。
下駄箱に入ってんじゃねえか、校門で待ち伏せされてんじゃねえか。
はたまた、駅で違う高校の子から・・なんてこともな。
ゆく年もくる年も。何年も何年も丁寧に妄想を育ててきたよ。
でも、そんなことは一度としてなかったよ。
妄想は妄想で終わるところに美徳があるんだよ。
それがティーンエイジャーってやつさ。

けれどだよ。
もう20代後半にさしかかれば、けっこうどうでもいいイベントだなぁ。
女子高生から貰えるシチュエーションなんてもう絶対ないし!
ほっホントだよ!負け惜しみとかじゃないよ!

ツイッターで
「15個も貰っちゃいました。今からお返しを考えると泣きそうです」
なんて書いてるやつがいやがんのよ。
全ッ然面識のないフォロワーなら別に気にしないんだよ。
中学のときの同期だよ。
自慢か?あ?お前なんだ?自慢か?と。

やんだ〜もう〜!超性格悪い〜俺ぇ〜w!

まぁね。
それを見てさ。
結局、ステイタスの一つでしかないんだなぁ
チョ・・チョコが 食べたいんだなぁ
と、ヤマシタしみじみキヨシ感じちゃって、日記を書いた次第です。

来年こそは、贈ってくれた女の子の気持ちを噛みしめて、
鼻血を垂らしながらチョコを頬張る僕のような男性にたくさんのチョコが届くことを願って。
せーのっ!

チ ョ コ レ イ ト デ ィ ス コ ッ ッ !!


2011.02.11 Friday

しんしんと

やっぱり降っちゃった。
静かに、それはそれは静かに。
けれど、確実に積雪していってる。

だめだよぉこんなのは。
こんなに降ってんだよ。
土日関係なく仕事する労働者のみなさん、明日の午前中は休もうぜ。

だけど、やっぱり、けっきょく、雪ってわくわくするわ。
普段あまり降らない地域だから余計に。

写真撮ろうと思って慌ててデジカメ出したんだけど、
電池切れてた。
充電し始めたけど日が暮れてきちゃったな。
残念だわわわ。


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